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No.28  “家族の本当の絆”とは・・・・、

2006年11月04日(土)

金曜プレステージ “ 泣きながら生きて・・・ ” (11月3日放送)を、

ご覧になった方もいらっしゃると思います。

上海、東京、ニューヨーク ・・・・・・
3ヵ所へ散っていった3人家族の壮絶な10年間の取材記録を通して、
 
『 家族の本当の絆 』 とは何か・・・、

そして、戦後61年目から、日本と中国の友好な関係を築いていくために・・・。

平和な “ 新しい時代 ” へ向かう人々への、ささやかな道しるべとなってくれたら・・・。

・・・を、テーマにしたドキュメンタリー番組でした。

番組後半から、私は、胸一杯に込み上げてくる家族・夫婦の深い絆への想いと同時に、

溢れる涙で、言葉もありませんでした。

 『 1989年、丁さんは、上海の街角で、とある日本語学校のパンフレットを目に・・、

   そこには入学金と半年分の授業料、合わせて42万円と書かれてあった。

   それは、中国では夫婦二人が15年間働き続けなくては得ることのできない多額のお金。

   知り合いに頼み込んで借金をし、その年の6月、

   当時35歳だった丁さんは、奥さんと娘を中国へ残し、日本へと渡った。

   丁さんは、文化大革命の嵐の中で育ち、学びたくても学ぶことのできない時代を生きてきた。

   日本語学校で学んだ後は、日本の大学へ進学することを目指し、中国にいては、

   果たすことのできない人生の再出発に賭けていたのだ。

   しかし、丁さんが目指した日本語学校のあった場所は、

   北海道の阿寒町に位置する過疎化が進む町。

   働きながら借金を返して勉強をしていくつもりが、借金を返すどころか仕事すらない。

   それでも、丁さんは借金を返さなければならない。このまま上海へ帰るわけにはいかない。

   覚悟を持って阿寒町を脱出し、列車を乗り継いで東京へ。

   しかし、入国管理局は、“阿寒脱出者”に、ビザの更新を認めなかった。

   丁さんは、やむなく不法滞在者の身となるが、

   不法滞在者になっても、借金は返さなければならない。

   帰国したら再入国はできないため、東京で必死に働き続けた。

   そして、再出発への希望が消えた丁さんは、

   自分が果たすことのできない夢を、一人娘に託そうと決意する。

   娘を何としても海外の一流大学へ留学させたい。

   見つかれば即座に強制送還という身でありながら、借金を返し終えた後も、

   丁さんは、娘の学費を稼ぐ為、

   東京で働き続けた。働いたお金は、すべて上海の妻子へと送金した。

   妻子のいる中国へは一度も帰らず、

   3つの仕事をこなしながら都電が走る傍の豊島区の古い木造アパート・・・

   ・・(壁には、7年前に別れた当時小学校4年生だった娘の写真)・・で、生活していた。

   娘は、中国屈指の名門校を卒業し、医者を目指し、ニューヨーク州立大学に合格。

   丁さんの奥さんは、上海の工場で働きながら、

   ニューヨーク留学中の娘に会うため、ビザ申請を繰り返し、5年後にやっと、ビザ取得。

   不法滞在で日本から動けない夫・丁さんとは、“ 13年ぶりの再会 ”

   そして・・・、娘は、産婦人科医となり、 親としての責任を果たした丁さんは、

   たった一人で暮らしてきた日本を去り、奥さんの待つ中国へ・・・ 』

 

深く感銘を受けた丁さんの言葉・・・、

 

  「 親として、(子供の為に)命を懸けてでも、守らなければならない責任がある。」
 
  「 生きていて、この世の果てを感じたこともある・・・。

    でも、未来を信じて、家族を信じて、耐え抜く精神力があれば、

    ・・・・ 人生って、意外と、捨てたものじゃない!!」

 

妻を信じ、夫を信じ、そんな両親に感謝し、“ 夢 ”を現実にした娘。

『 夫婦の絆 』 『 親と子の絆 』・・・とても、とても、深く感銘を受けた番組でした。

 




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